沖縄の旧盆3日間──ウンケー、ナカヌヒー、ウークイ──の中日:ナカヌヒー(ナカビ)は、ご先祖様との時間を穏やかに紡ぎながら、親族同士のつながりを再確認する日です。この日は、多くの家庭で親戚まわりが行われ、日頃の感謝とともにお中元を手にあいさつを交わします。この記事では、ナカヌヒーの日の過ごし方や供物、沖縄独自のお中元文化、そして筆者の家での様子を通して、沖縄の中日に息づくつながりの意味を探っていきます。
1. 沖縄のお盆とナカヌヒーの位置づけ
沖縄の旧盆は、旧暦の7月13日から15日の3日間にわたって行われます。初日のウンケーでご先祖様をお迎えし、中日のナカヌヒー(ナカビ)で一緒に過ごし、最終日のウークイでお見送りします。
ナカヌヒーとは、文字どおり中日(なかび)を意味し、ご先祖様が滞在する期間の真ん中の日にあたります。
この日は、ご先祖様にゆっくり過ごしてもらえるよう、朝・昼・晩の三食を丁寧に用意し、お線香をあげて手を合わせます。家族がふだんの暮らしの中でご先祖様と一緒にいることを意識する、そんな一日です。
また、ナカヌヒーは親族同士が訪ね合う大切な日でもあります。仏壇のない家が仏壇のある家にお中元を持参し、親戚の家々を訪ねてまわるというのが基本です。
沖縄では、本州のようにお中元を郵送で済ませることは少なく、実際に訪れて手渡しすることが重視されています。顔を合わせてあいさつを交わすことで、家族や親族の絆をあらためて感じる機会にもなっています。
そのため、ナカヌヒーの日は地域全体がやや慌ただしくなり、道路が混雑することも少なくありません。観光客や移住者にとっては、あえて外出を控えるのもひとつの工夫かもしれません。
地元の文化や風習に敬意をもって接することが、円滑な共生の第一歩になるでしょう。
2. ナカヌヒーの朝 一日の始まりとご先祖様への準備
ナカヌヒーの朝は、ご先祖様とともに過ごす気持ちを込めて始まります。家庭では、まずは台所の神様であるヒヌカン(火の神)への拝みを済ませ、そのあと仏壇へのお供えやお祈りへと移ります。
ヒヌカンは、かつて台所を担ってきた女性たちの間で代々受け継がれてきたものであり、そのため世話をするのは女性の役目とされてきました。
しかし近年では、台所を主に担う家族であれば、男性であってもその役目を果たす姿が見られるようになっています。この日は、朝・昼・夕の三度の食事とおやつまでを仏壇に供えるのが伝統です。
ナカヌヒーは、ウンケーでお迎えしたご先祖様がウークイでお見送りするまでの間、ゆっくりと家庭で過ごせる唯一の一日とされており、朝から晩まで丁寧なおもてなしをすることで、ご先祖様と共に時を過ごす特別な日となっています。
朝食(ヒティミティムン)
ナカヌヒーの朝はヒティミティムンと呼ばれる朝食から始まります。
ご飯と汁物、そして副菜を添えた構成で、たとえばアーサー汁や味噌汁、ウサチ(酢の物)などがよく用いられます。あくまで素朴で落ち着いた献立であることが特徴です。
最近では、家族が食べる朝ごはんと同じものをそのままお供えする家庭も増えてきており、形式にとらわれるよりも、心をこめて供えることが重視される傾向があります。
忙しい日常の中でも、少し立ち止まり、ご先祖様への思いをかたちにする時間として受け継がれています。
3. 食卓を通してご先祖様とつながる午後の時間
ナカヌヒーの午後は、ご先祖様と過ごす時間がさらに深まっていきます。昼食やおやつ、そして夕食と、日が進むごとに仏壇にはさまざまな料理が供えられていきます。
どの食事にも工夫が込められており、沖縄らしい祈りのかたちが見えてきます。
昼食(アサバン)
アサバンと呼ばれる昼食では、昔からスーミン汁(素麺汁)が供されるのが定番です。温かいそうめんが入ったこの料理は、訪ねてきた親族へのおもてなしとしても定番の一品です。
ウサチ(酢の物)を添えるとより伝統的な形となりますが、最近ではそれぞれの家庭でアレンジも見られるようになっています。
おやつ(マドゥヌムン)
午後3時ごろには、マドゥヌムンと呼ばれるおやつの時間です。
あまがしや沖縄ぜんざいなど、夏にぴったりの甘味をお供えします。冷たいぜんざいや子どもたちの好きなお菓子を添える家庭も増えており、訪れた親族と一緒におやつを楽しむ風景も微笑ましい光景です。
夕食(ユウバン)
日が傾くころになると、ナカヌヒーの締めくくりとなるユウバン(夕食)が供えられます。
ご飯と汁物、ウサチ、煮付けなどが並び、豚の三枚肉の煮付けや大根・ごぼうの煮しめといったおかずを供える家庭も多く見られます。
これは、最終日のウークイに供える重箱料理(ジューバク)の調理をナカヌヒーのうちに済ませる家庭が多いためで、その一部をお皿に盛って供えることも一般的となっています。
こちらも家庭によっては、普段の夕食をそのままお供えすることも多く、かたちよりも心を重んじるスタイルが一般化してきました。こうした一連の食事を通じて、ナカヌヒーはご先祖様と日常を「共に暮らす」時間へと姿を変えていくのです。
4. お中元文化とナカヌヒーの訪問習慣
ナカヌヒーのもうひとつの大切な要素が、お中元を持って親族の家をまわるという習慣です。沖縄では、仏壇のない家が仏壇のある家へ訪問し、ご先祖様に手を合わせます。
訪問の際には、千円〜三千円ほどの手土産をお中元として持参します。これは、位牌(トートーメー)を祀る本家(ムートゥーヤー)が、訪れる親族を迎え入れておもてなしをするという役割を果たすためでもあります。
訪問先で仏壇に手を合わせたあとは、お茶や軽食でもてなされることも多く、そうした時間も含めてナカヌヒーの大切なひとときとされています。
本州のようにお返しを用意する習慣はなく、お互いに気を遣いすぎない自然なやりとりが特徴です。顔を見て渡すという文化が今も根づいており、地域社会のつながりを感じる場面でもあります。
おすすめのお中元品としては以下のようなものが挙げられます:
- かつおぶし、のりなどの乾物
- 日用品(石鹸や洗剤など香りが強すぎないもの)
- 子ども向けのお菓子やゼリー
- お米や缶詰など保存のきく食材
また、門中(むんちゅう)と呼ばれる父方の親族で集う文化がありますが、夫婦であれば両方の実家に挨拶に行くケースも多く、お中元を複数用意することが一般的です。
移動中に親戚同士でばったり出会って笑い合うのも、この日の微笑ましい風景のひとつです。
5. わが家のナカヌヒー
筆者の家では、ナカヌヒーも旧盆の中で大切な一日です。ただし、その過ごし方は少し現代風です。
たとえば朝のお供えは、祖母が用意する手作りサンドイッチとコーヒーです。わが家の朝ごはんの定番をそのまま仏壇に供えています。伝統にとらわれすぎず、いつもの朝を先祖と共有する気持ちが大切だと考えています。
昼前になると、家族のうち数名が親戚宅への挨拶まわりへ出かけます。わが家は本家にあたるため、基本的には親戚を迎える側ですが、逆にこちらから訪ねることもあります。
ただ、仏壇のある家同士では互いに家を空けにくいという事情もあり、来てくれた親族にそのままお中元を渡すというケースもよくあります。
道中で親戚とばったり出会って「今どこまわってるの?」と声を掛け合うのも、この日の風物詩のような光景です。スーパーのレジ袋を提げた親戚と笑い合いながらすれ違う、その小さな一瞬にもナカヌヒーらしさが感じられます。
夕方になると、わが家では少し豪華な刺し身や肉料理を並べて御膳を整えます。
夕飯は、先祖が生前好んでいた料理を優先して用意するのが恒例です。好きだったビールや漬物など、あえて形式にこだわらず、あなたが喜ぶ食卓にすることで、ご先祖様との距離を身近に感じられます。
仏壇の前には静けさがあり、その背後で家族の会話や笑い声が絶えず流れる──そんな空気に包まれるナカヌヒーの夜は、ご先祖様も今この場にいると思わせてくれる、あたたかいひとときです。
まとめ
ナカヌヒーは、ご先祖様との時間を通して、自分のルーツや日々のつながりに目を向けるきっかけをくれます。もしあなたにも、お盆に大切な人を思い出す瞬間があれば、その人に届くような一日を過ごしてみてください。
昔ながらのかたちでも、今の自分らしいやり方でも、「想う気持ち」こそが、いちばんの贈り物になるのかもしれません。
あとがき
お盆の3日間の中でも、ナカヌヒーは穏やかで、でもどこか賑やかな日です。
「今年は誰が来るかな」「久しぶりにあの親戚にも会えるかな」と思いをめぐらせながら、準備に追われるのもまた楽しみのひとつです。
次回はいよいよお盆の最終日「ウークイ」編です。ご先祖様を送り出す日、その別れの風景に込められた想いを、次回も丁寧に紐解いていきます。どうぞお楽しみに!
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