米軍基地から人気店舗へ変貌を遂げた沖縄のスポット2選

地元住民・地域コミュニティ
画像はイメージです

現在の沖縄県には、多くの観光客や地元の買い物客で賑わう大型の商業施設が点在しています。実は、これらの中にはかつて米軍統治時代に存在した軍事基地の名称がそのまま現在の店舗名として残っている場所があります。歴史の変遷を感じさせる独特な名前の由来を知ることで、観光や買い物の時間がより深いものに変わるはずです。本記事では、米軍基地のなごりを残す2つの有名店舗とその歴史をご紹介します。

琉球米軍司令部から誕生したライカム

青い空と豊かな自然に囲まれた沖縄県の本島中部に位置する北中城村の丘陵地に、周囲の景色を見渡すかのように堂々と佇む、県内屈指の圧倒的な敷地規模と店舗数を誇る有名な大型リゾート型ショッピングモールといえば、イオンモール沖縄ライカムです。

このモールは、日々の生活に利用する地元の買い物客だけでなく、日本全国やアジアを中心とした国内外から観光で訪れる非常に多くの熱気ある旅行客が、滞留中に「必ず一度は足を運ぶ」と言っても過言ではないほど高い人気を集めています。

この巨大な商業施設の名称に今も堂々と冠されている「ライカム」という、どこか異国情緒あふれる独特でエキゾチックな響きを持つ言葉は、かつて沖縄が経験した激動の米軍統治時代において、この広大で緑豊かな場所に厳重に設置されていた「琉球米軍司令部(Ryukyu Command headquarters)」という組織に由来しています。

当時の人々が、この組織の英語表記の頭文字である「RyCom」を親しみを込めて「ライカム」と呼んだことが、現在の特徴的な名称のルーツとなっています。

この場所は当時、沖縄における米軍全体の最高中枢としての司令塔機能を果たす、極めて高度で重要な軍事拠点であったと同時に、広大な基地の存在そのものだけでなく、いつしかその周辺一帯のエリア全体を指し示す一般的な地理的通称としても、地域住民の間で非常に広く親しまれ、日常会話で当たり前のように使われていました。

その後、時代の移り変わりとともに米軍基地全体が日本政府へと無事に返還され、現在では最先端のトレンドが幅広く揃うモダンな大型商業施設へと見事な大変貌を遂げました。

そうした現代の様子を見ても、施設の周辺一帯には「ライカム交差点」「ライカム坂」といった行政や住民の間で定着した正式な地名・呼称がしっかりと残されており、過去から現在、あるいは未来へと続く沖縄の激動の歴史的ななごりと記憶を、活気ある現代の美しい街並みの中に色濃く、そして大切に伝えています。

  • かつて北中城村比嘉地区に置かれていた琉球米軍司令部の略称が名前の由来です。
  • 周辺の交差点や坂の名前にも当時の呼び名がそのまま使われ続けています。
  • 現在は国内外から多くの観光客が集まる一大ショッピングセンターです。

~イオン、イオンモール、イオン琉球は、沖縄県北中城村に同県最大規模となるショッピングモール「イオンモール沖縄ライカム」を4月25日9時にオープンする。ライカムとは、琉球米軍司令部(RYukyu COMmand headquarters)が置かれた地域の呼称で、イオンモール沖縄ライカムも「ライカム交差点」の一角に建てられている。
 立地場所は那覇空港から美ら海水族館へとクルマで向かった場合、必ず通るであろう沖縄自動車道の北中城IC(インターチェンジ)と沖縄南ICのほぼ中間にある。国道330号沿いにあるため、クルマでのアクセスは容易だろう。~

トラベルWatch

私が免許取り立ての頃、現在のイオンモールライカムと向かいの中部徳洲会病院の間の道は片道1車線の細い道路で、道の左右には大きな木が何十本も生い茂り、その木陰で休憩のため路上駐車する車が沢山ありました。平日の昼間からのんびりとゴルフをプレイする米軍人をフェンスの向こう側に眺めながら、仕事の車で走っていた事を懐かしく思い出します。

ハンビー飛行場跡地に立つハンビータウン

アメリカ西海岸を思わせる、若者や観光客に大人気のエリアである北谷町には、地元の毎日の暮らしに深く根ざした「サンエーハンビータウン」という、世代を超えて親しまれる地域密着型の大型商業施設が元気に営業しています。

連日多くの買い物客で賑わうこの店舗名に含まれる「ハンビー」という言葉は、かつてこの広大な土地に存在していた米軍の「ハンビー飛行場」という軍事施設の名前に由来して名付けられました。

この飛行場が日本政府へ正式に返還されたあと、広大な跡地は美しい海岸線が広がるエリアならではの利点を最大限に活かした商業地として、大規模な区画整理と再開発が進められることになりました。

現在では、異国情緒あふれるアメリカンな雰囲気を漂わせるおしゃれな街並みへと見事な変貌を遂げており、地元の住民だけでなく国内外から訪れる非常にたくさんの人々を毎日楽しませています。

  • 店舗名のハンビーはかつて存在した米軍のハンビー飛行場跡地であることに由来します。
  • 衣料品や食料品、雑貨などが一堂に揃う便利なショッピングセンターです。
  • 周辺はアメリカの文化を感じられる観光地として若者からも支持を集めています。

ハンビー飛行場がまだ有る時代は小学生で、お盆や正月に実家へ帰る途中、基地の様子が車内からよく見え、駐機しているヘリコプターUH-1をワクワクしながら眺めて帰っていました。また、返還後の跡地でボーイスカウトのキャンプをしたこともよく覚えており、広い空き地で火を起こして皆で作ったカレーは格別の味でした。

米軍基地に由来する有名店舗の比較まとめ

沖縄の米軍統治時代の歴史を今に伝えるこれら2つのスポットについて、それぞれの元となった施設や現在の特徴を表にまとめました。どのお店も広大な敷地を活かして、観光客や地元の住民が集まる魅力的な場所に生まれ変わっています。

現在の店舗名 元となった米軍施設 現在の所在地 主な特徴と魅力
イオンモール沖縄ライカム 琉球米軍司令部 北中城村 リゾート感あふれる巨大モール
サンエーハンビータウン ハンビー飛行場 北谷町 アメリカンな雰囲気漂う商業地

このように表で見比べてみると、司令部飛行場といった全く異なる性質の軍事施設が、今では全てお買い物や観光を楽しめる平和な空間になっていることがよく分かります。沖縄を訪れた際は、ぜひ看板の名前にも注目してみてください。

歴史のなごりを感じながら巡る沖縄観光

沖縄の歴史や文化は、米軍統治時代の影響を少なからず受けており、街のいたるところにその記憶が刻まれています。今回紹介した店舗の名前は、ただの記号ではなく、激動の時代を乗り越えてきた沖縄の歩みそのものを表していると言えるでしょう。

ただお買い物を楽しむだけでなく、名前の背景にあるストーリーに思いを馳せることで、沖縄観光の深みがぐっと増します。地元の言葉や過去の施設の呼称が現代に息づくおもしろさを、ぜひ現地の活気とともに肌で感じてみてください。

  • 店舗名に残る米軍基地のなごりは沖縄の歴史を学ぶ貴重なきっかけになります。
  • 広大な基地跡地だからこそ実現できた開放的な商業空間が魅力です。
  • 名前の由来を知ることでいつもの観光やお買い物がより一層楽しくなります。

私が幼いころから日常的に言葉にしていたライカム、ハンビー。現在は大きなショッピングモールなどとして賑やかに栄えていますが、かつての米軍統治時代を今も覚えている自分としては、無事に返還されたことを本当に嬉しく思います。

まとめ

沖縄には米軍統治時代のなごりとして、かつての基地名がそのまま現在の店舗名になっている商業施設があります。琉球米軍司令部に由来するライカム、飛行場跡地のハンビーは、どれも返還後に素晴らしい商業地へ生まれ変わりました。

このように、普段は何気なく目にする看板や店舗名に隠された興味深い歴史的背景や街の移り変わりを知ることで、遠方から沖縄を訪れる観光客の皆様も、単なるお買い物や観光旅行という枠を超えて、この島が歩んできた独自の激動の歴史をより一層深く、肌で感じることができるようになります。

ただ商品を手に取るだけでなく、過去と現在が交差する沖縄ならではの独特な異国情緒や地域の歩みに思いを馳せながら、ここでしか味わえない特別で有意義なお買い物の時間を心ゆくまで満喫できるでしょう。

あとがき

今回この記事を作成しながら、何気なく呼んでいた店舗名に歴史の深さを改めて実感しました。かつて基地だった広大な場所が、今では家族の笑顔や買い物を楽しむ人々の活気で溢れていることに、時代の平和な移り変わりを強く感じます。

幼いころの懐かしい景色や家族との大切な思い出がぎゅっと詰まったこれらの場所は、時代の流れとともに形を変えながらも、私たちの心の中でこれからもずっと生き続けていくのだと再確認できました。

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